カンザイシロアリ分化の秘密に迫る|シロアリ1番!
COLUMN
シロアリコラム
投稿日 2021.11.01
アメリカカンザイシロアリ
カンザイシロアリ分化の秘密に迫る

WRITER

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田中 勇史
しろあり防除施工士

大学では昆虫類の研究に携わる。2007年テオリアハウスクリニックに新卒入社。これまで3000件を超える家屋の床下を調査。皇居内の施設や帝釈天といった重要文化財の蟻害調査も実施。大学の海外調査にも協力。
こんにちは。シロアリ1番!の田中です。今回はアメリカカンザイシロアリを対象とした「分化」についてご紹介します。
多くの人は分化という言葉自体、あまり聞きなれないかもしれません。また、「そもそもアメリカカンザイシロアリってどんな生き物なの?」と思われているかもしれません。
分化は、アメリカカンザイシロアリの生態、駆除が非常に困難である現状を理解する上でとても重要なキーワードです。
とはいえ、私自身これまで10年以上カンザイシロアリの駆除に関わってきましたが、分化を自分の目で確かめる機会は一度もありませんでした。
そこで今回はその秘密を解き明かすべく、アメリカカンザイシロアリの「分化」を発生させるための実験を実施することにしました。
結論として、アメリカカンザイシロアリは分化の際、想像とは違う予想外の動きを取ることを確かめることができました。
この記事ではその検証実験により得ることができたデータをシェアさせていただきます。
分化について、一緒に勉強していきましょう。
目次
シロアリの5つの階級と分化
分科のことをお話しする前に、まずはシロアリの5つの階級についてご紹介しようと思います。
社会性を持つ昆虫の中では一つの巣の中に様々な役割を持つ集団がいて、それが各々の仕事をこなすことによって、巣が一つの社会を形成しているかのように動いています。
その役割を持つ集団のことを「階級」と呼んでいますが、ある個体が条件を整えた際に別の階級へと変化をする行動が知られており、この行動のことを私たちは分化と言っています。
シロアリの世界ではこの階級が5つあります。
- 女王・王階級
- 巣の中の頂点、巣を構成する階級の中で最も重要な階級。
- 職蟻階級
- 巣内の90%を担う最も数の多い階級。餌を取る、巣を作る、卵や幼虫などの世話など大体の仕事をこなしている。
- 兵蟻階級
- 巣内において外敵が来た際の防衛にあたる階級。
- ニンフ階級
- 次世代の女王・王に変化する一つ前の階級。もう一段階脱皮をすると羽蟻となる場合が多いが、羽蟻にはならず二次生殖虫へと分化をするものもいる。
- 二次生殖虫階級
- 主に女王の代わりを担う階級。副女王・副王と呼ばれることもあり、女王や王がいなくなった場合の代わりやヤマトシロアリで知られる女王の置換※1の際に出現する。
※1:女王の置換
ヤマトシロアリの世界では女王アリと王アリで寿命が大きく異なっており、女王アリは短命で割と早期に副女王に置換されているという報告がある。その際、女王アリは有性生殖と無性生殖を使い分けており、副女王の全てはこの女王アリが無性生殖で作り上げたいわば分身だということ。このようにしてヤマトシロアリの女王は自分が死ぬまでに多くの分身を作り出し、巣の爆発的な拡大を図っているのです。
分化を理解することの意義はとても大きい
シロアリの分化と階級についておおよそ理解していただけたのではないかと思います。
ここからが本題ですが、シロアリの中でも「アメリカカンザイシロアリ」の分化についてご紹介していきます。
アメリカカンザイシロアリの特徴は、「職蟻階級」にあります。
通常のシロアリは、職蟻階級になったシロアリ達は成長の過程で兵蟻階級やニンフ階級に分化していきます。分化をせずに職蟻のまま成熟してしまうと、もうそこから別階級に変化することはありません。
ところがアメリカカンザイシロアリは違います。アメリカカンザイシロアリは、職蟻階級のシロアリは全て「擬職蟻」という変わった階級になっています。
擬職蟻の特徴は、どの成長段階であっても全ての階級に分化することができるというもの。つまり、成熟しきった職蟻であっても関係なく分化できるということです。
実はこの特徴こそが、カンザイシロアリがとても厄介な生き物といわれる所以です。
理論でしか認識されていなかった成熟個体の分化
どの成長段階であっても分化ができる、これは「駆除をした際に数匹でも生き残りがいた場合、復活してくる可能性がある」ということを意味します。
つまり、木材中に点在するアメリカカンザイシロアリを全て駆除しない限り、時間の経過で被害が再発してしまうということです。
とはいえ、この話は実際の目で確認されているものではなく、理論の上からそう認識していたに過ぎません。
冒頭でもご紹介したように私自身これまで、実際この目で成熟しきった職蟻から巣が復活する場面というのは見たことがありませんでした。
アメリカカンザイシロアリが分化する様子を実際に観察
今回の実験は、そんなアメリカカンザイシロアリの不思議な生態を知るべく行いました。
実験はどのようにして行ったのか、どんな結果が得られたのか、一緒に見ていきましょう。
まずはアメリカカンザイシアリの分化を検証するための手順をご紹介します。
- ①成熟したアメリカカンザイシロアリの職蟻を10匹用意する
- シロアリ1番!では、今回の実験に限らずさまざまな検証を独自に行っています。そのため、調査に使うシロアリの生育も社内で実施しています。今回は、アメリカカンザイシロアリの成体(職蟻)を実験用に10匹確保しました。
- ②外から内側が見える巣を用意する
- 分化の変化を確認するための簡易可視化巣を用意します。今回は3㎜厚のバルサ材をアクリル板で挟んで作成しました。
- ③巣の中にアメリカカンザイシロアリを放つ
-
巣の中へ先ほどの職蟻10匹を放ちます。 - ④経過観察を行う
- 職蟻たちが成長の過程で別の階級に分化するかどうかを確認します。
予想外の実験結果
さて、アメリカカンザイシロアリの職蟻は想定通り分化を始めました。
しかし、肝心の「階級」の部分で予想とは異なる動きを始めたのです。
私の予想では、巣の中に生殖個体がいない状態で始まったことから、分化により作られる階級は真っ先に繁殖できる個体、つまり「副生殖虫階級」ではないかと考えていました。
ところが投入から約一か月後、分化したのはなんと兵蟻階級でした。
兵蟻は巣の防衛にあたる階級です。新しい個体を生み出すことよりも、守りを固めることを選んだようです。
理にかなっていると考えられなくもないのですが、巣全体で見た時に当初の10匹のアメリカカンザイシロアリの内、生存していたのは5匹のみ。巣の状況的に見ればあまり良い環境とは言えない状態でした。
新しい個体を作らなければ全滅してしまう状況で、全ての階級へ分化できると仮定した場合、真っ先に分化するのは数を増やせる副生殖虫になりそうでしたが、結果はそうはなりませんでした。
これはどういうことなのでしょうか?
なぜこのような結果になったのか考えてみた
いくつかの仮説が考えられます。
まず、「環境へのストレス」です。
今回用いた巣は、動かせる巣、可視化させた巣であったことから、通常の木材と異なり過度のストレスがかかったのではないかと思います。
また、「危機感」もあったのではないかと思います。
死亡した個体が多かったことから危機感を覚え、防御の分化を選択した、というのも考えられます。
とはいえ実際のところはまだ分かりません。今後、この個体群から副生殖虫が出現してくるのか非常に興味深いです。
依然、生殖中が現れる気配はない
現在、実験開始から約2ヶ月が経過しています。しかし、未だ生殖虫になる個体は現れていません。
数も5匹から3匹(内1個体は兵蟻)へと減少しており、この巣での副生殖虫の発生はないかもしれません。
死亡個体が多い理由はいくつかあります。
例えば被害材から取り出した際の衝撃でシロアリ自体が既に弱っていた可能性です。また、アメリアカンザイシロアリには、元々の木材から新しい材に移すと死亡個体が多くなる傾向があります。
原因ははっきりと解明されていませんが、恐らく何らかのストレスによるものと思われます。
そして、今回使用したバルサ材にも原因があると思われます。バルサ材は木材としては柔らかい部類にはなるのですが、横方向への繊維が多くシロアリがとても木材を食べにくそうにしている様子が伺えました。
そのため、餌がなかなか取れずに餓死してしまった可能性も考えられます。
まとめ
今回は、アメリカカンザイシロアリの分化の様子をご紹介してきました。
現在、これらの原因を改善して新たな個体群での検証を実施するため、準備を進めています。こういった生態の検証は時間こそかかるものの非常に興味深いものを我々に見せてくれます。
検証試験から得られたデータを基にシロアリ駆除の新たな道筋が切り開かれる可能性も十分考えられると思います。
まだまだ続く、検証試験第2弾をご期待ください。